新天地大田教会啓示録御言葉大聖会
「天国を訪ねて行く目覚める盲人」
先日1月5日、新天地大田教会がいるヨンムンドン一帯は寒い天気にもかかわらず、人々が門前市を成して賑やかでした。「天国を訪ねて行く目覚める盲人」という主題で今年最初の啓示録御言葉大聖会を行いました。
”もし盲人が盲人を導いたらどうなるのでしょうか。”
盲人が盲人を導いたらどうなるのでしょうか。新天地大田教会のチャンバンシク枝派長はマタイの福音書15章14節、「もし、盲人が盲人の手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むのです。」をおっしゃいました。
盲人が盲人を導いたらどうなるのでしょうか。新天地大田教会のチャンバンシク枝派長はマタイの福音書15章14節、「もし、盲人が盲人の手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むのです。」をおっしゃいました。
2千年前、ユダヤ教の牧師たちは自分が「盲人」であることを認めませんでした。結局その牧師たちはどうなったのでしょうか。今日ももし盲人が目覚めるなら、それはきっと神様が共にするから可能なことのはずです。
御言葉大聖会に参席したチョン某牧会者
”私が本当に盲人だったことを告白する。長老派教会神学校に「真のイエス様」はなく、カルビン思想など、人が作った人学があるだけだという事実を認める。新天地についてまともに知らず、一時は誤解を偏見に満ちていた。御言葉を学んだだらここが盲人の目を開けてくれるシロアムの池だということを悟った。啓示録を加減して呪いを受ける者にならず、両目を開けて天国でお会いすることを願う。”
”私が本当に盲人だったことを告白する。長老派教会神学校に「真のイエス様」はなく、カルビン思想など、人が作った人学があるだけだという事実を認める。新天地についてまともに知らず、一時は誤解を偏見に満ちていた。御言葉を学んだだらここが盲人の目を開けてくれるシロアムの池だということを悟った。啓示録を加減して呪いを受ける者にならず、両目を開けて天国でお会いすることを願う。”
聖書の最後の本であるヨハネの黙示録(啓示録)を読んで見ましたか。いくら読んでも意味を分からなければ、目を開けていても盲人と変わりないでしょう。啓示録は預言書として、この御言葉に加えたり減らしたりすると天国に入られず呪いを受けるとおっしゃいました。
新天地大田教会の啓示録御言葉大聖会に30人の牧会者たちと2,500余人の市民が現場に参席し、オンラインでは約1万人が共に参加しました。もうすぐ来る2月にはノンサンとアサンでも啓示録御言葉セミナーが行わう予定です。私たち皆一緒に福を受ける2025年になりましょう~
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