2026年5月15日金曜日

「本当に答えがあるのだろうか」9,270人が参加した新天地マッテャ枝派大田教会セミナー

「 なぜ人は生まれ、老いて、痛み、結局死ななければならないのか。」

人生の中で誰もが一度は抱いたことがある、しかし誰もはっきり答えてくれなかったこの質問。実は私も以前はこの答えを分からず、結構悩んだ覚えがあります。

だから誰よりもそのもどかしさをよく知っているので、先日4月19日に新天地マッテャ枝派大田教会で行われたセミナーの現場が私にとってもっと特別に感じられました。

忠淸圏の七つの都市巡回の締めくくりを飾ったあの熱い現場を、生々しくお届けします!

9,270人の熱い関心を確認した
新天地マッテャ枝派大田教会セミナーの現場

9,270人が足を止めた理由、噂より強かった「真実の力」
今回の巡回セミナーは3月22日に淸州で始まり、天安、牙山などを経て、ついに私たちの大田に着きました。今回の7回の講演には、累計参加者数がなんと9,270人に達したそうです。

実際周りから聞こえてくる話のせいで最初には先入観を持つかもしれませんが、この数字が証明するように、本当に多くの方が勇気を出して直接確認しに来てくださいました。

現場で直接市民の皆さんを迎えながら感じたのは、皆さんが偏見を捨てて真剣に耳を傾けているということでした。落ち着いて秩序正しい雰囲気の中で、一緒に笑いながら話し合う姿に私も何とも言えない満足感を感じました。

空席なしで満員の現場!
先入観を捨てて真実を確認しようとする熱気

「私も以前はこれが本当に気になっていたんだ」再び確認した人生の答え
今回の講演は私たちがなぜ痛み、老いるのかについて聖書に基づいてとても明快に解説しました。私が初めてこの御言葉に気付いたときに感じた爽快感が再び思い浮かぶ時間でした。

生老病死は単純に時が流れたからではなく、命の源である方と心が遠ざかることで現れた結果という本質的な理由!この明確な診断がどれほど驚くべきものが言葉にできません。

その解決策はまさに「御言葉による回復」でした。私たちが神様の御言葉によって再び生まれ、本来の姿を回復し、ヨハネの啓示録の預言と実状を悟ること!これこそが苦しみのない「新しい天と新しい地」へと進む希望の鍵であるという答えを共に分かち合う、本当に貴重な時間でした。

生老病死の原因と解決を聖書で明快に解き明かしてくださった
チャンバンシク 枝派長の熱情的な講演時間


「知っていたことと全く違いますね」偏見の壁が崩れた瞬間

現場で出会った参加者は「内容が構造的に説明されていて、漠然とした疑問がすっきり解消される気分です。」と明るく笑ってくれました。

誰かの言葉に心を閉ざすのではなく、こうして一度直接見て自分で判断することがどれほど大きな価値があるかをもう一度感じました。


大田で締めくくられた長い道のり、新しい希望の始まり
7回にわたる忠清圏巡回セミナーは大田で見事に終了しましたが、今後も牧会者と市民のための話し合いの場は続く予定だそうです。

聞こえてくる噂にとどまるのではなく、皆さんも心の扉を少し開いて直接確認し、人生の真の価値を見つけてみてはいかがでしょうか。大田教会で分かち合ったこの明快な答えが、皆さんの生活にも新しい希望の光となることを心から願っています。

人生の答えを探したい方は
下のリンクをクリック!

2026年5月7日木曜日

[シリーズ第2回] 新天地御言葉大聖会現場レポート:「聖書で話しましょう」 その衝撃的な提案が残した余韻

緊張感が漂った講演会場、偏見を超えて本質を向き合う!

サポーターズとして新天地御言葉大聖会現場を記録するために入った講演会場。実は最初は自分でも分からない緊張感が感じられました。多くの人々の視線が集まるここでどんな話が交わされるのか、あるいは一方的な主張ばかりではないかという懸念がなかったわけではありませんでした。

しかし、イマンヒ総会長が壇上に上がり講演が始まると、私が抱いていた予想は少しずつ外れ始めました。今回の永登浦教会の現場はこれまで以上に熱い熱気で満ちていました。

新天地御言葉大聖会の熱気はすごかった

真理の基準:「知っていることに欠点があってはならない」
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講演は華やかな美辞麗句よりも淡白で明確でした。ヨハネの啓示録の預言とその実状を聖書の一節一節と照らし合わせて証明する方法は、いわゆる「感情訴え」ではなく「事実中心」の接近でした。それは聖書を深く勉強したことがある方なら誰でも頷かざるを得ない、論理的な時間でした。

特に「神様を信じる信仰人として知っていることに欠点があってはならない」というところでは心が粛然となりました。自分が立っている場所が真理か非真理かを自ら振り戻し、もし間違っていたら喜んで再び生まれるべきだと言うそのメッセージは、サポーターズである私にも重く響きました。

新天地イマンヒ総会長が講義する姿

衝撃的な提案:「当たれば当たる、外れれば外れただとしよう。」
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最も印象に残った瞬間は、イマンヒ総会長が牧会者たちにした提案でした。
「私が願うことは牧師たちと聖書で話し合うこと」
それは思ったよりもっと胆大で本質的でした。

教団の間に見えない壁を築くのではなく、ただ「神様の御言葉」という絶対的な基準の上で一つになろうとるす愛の勧告でした。「再び生まれる心情で新たにしよう」という訴えに、至るところで頷きながら筆記に集中する牧会者たちの後ろ姿見て、私が抱いていた古い先入観が少しずつ崩れていくのを感じました。

新天地御言葉大聖会の牧会者席

信仰の本質:「真理で一つになる道を目撃しながら」
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サポーターズとしてこの瞬間を記録しながら私が出した結論は一つでした。真の権威は伝統や階級ではなく、ただ「真理の御言葉」から出てくるという事実です。

90歳を超える高齢にも熱情的で御言葉を伝える姿は、現場に集まった430人の牧会者たちにも、そして私自身にも深い鑑になりました。お互いの壁を取り除き、ただ聖書だけで話し合って一つになるこの流れ。もしかすると、これこそ今日の私たちに最も必要な和合の姿ではないんでしょうか。